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名古屋地方裁判所 昭和56年(ワ)2074号 判決 1983年9月26日

原告

トヨカワ綜合水処理株式会社

右代表者

庄田弘

右訴訟代理人

初鹿野正

河野正実

被告

日本団体生命保険株式会社

右代表者

平倉武雄

右訴訟代理人

遠藤誠

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一五〇〇万円とこれに対する昭和五六年七月二九日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外野口自道(以下「自道」という)は、原告の代表取締役であつた。

2  原告は、昭和五四年七月一日、被告との間に左の生命保険契約を締結した。

(一) 被保険者 自道

(二) 保険金受取人 原告

(三) 保険金額 二九〇〇万円

3  自道は、昭和五五年一一月一日、保険金受取人を原告から妻訴外野口房江(以下「房江」という)に変更する旨の申請を被告になし、被告は同月六日保険金受取人が房江に変更された旨の手続をとつた。

4  自道は、同月二一日自殺し、被告は前記保険金を房江に支払つた。

5(一)  本件保険契約は、豊川商工会議所の「経営者大型保険共済制度規約」に基づいて締結されたものであるから、同規約は右契約の内容を成すもの或いは一体のものと解されるところ、その規約一二条には保険金受取人を原告に限定する趣旨の定めがあつたから、前記保険金受取人の変更は無効である。

(二)  仮に無効でないとしても、被告は右規約に基づいて保険金受取人変更申請を拒否すべき義務があるのにこれを怠り、不法に右変更申請を承認した。

(三)  仮に右主張がいずれも認められないとしても、本件保険金受取人の変更は商法二六五条に反し無効である。即ち、房江は原告の代表取締役自道の妻で両者は経済的一体性を有するから、商法二六五条の適用上両者は同一人格を有すると解すべきであり、また本件保険金受取人の変更は、一方において原告の保険金受給権を喪失させ、他方において房江に右財産権を取得させ利害を生じさせる行為で、結局被告との間に原告と自道(房江)と利益相反する取引をなしたものであるところ、右保険金受取人の変更について原告会社の取締役会の承認は存在しないし、かつ被告は右承認の有無について調査を実施しなかつたのであるから悪意に等しい重大な過失がある。

よつて、原告は被告に対し、本件保険金或いは損害賠償金の一部として請求の趣旨記載の金員の支払を求める。<以下、省略>

理由

一請求原因1ないし4は当事者間に争いがない。

二被告は、生命保険契約における保険金受取人の変更権は形成権であるから、保険会社即ち本件においては被告に右変更を拒否する権限はなく、従つて房江に対する本件保険金の支払は正当であると主張する。しかし、保険金受取人の変更が形成権の行使であるとしても、その変更が適法な形成権行使であるか否かがまず検討されなければならず、右検討の結果適法な形成権行使であると判断されたとき初めて保険会社が右変更を拒絶しえないことになるのである。従つて、保険金受取人の変更権が形成権であることのみをもつてしては原告の主張を排斥しえない。

以下、請求原因5について順次判断する。

1  請求原因5(一)、(二)について

(一)  本件全証拠によるも原告の主張を認めることはできない。この点について若干付言する。

<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

被告が豊川商工会議所に経営者大型保険を取り扱つてもらいたい旨要請したのを受け、同会議所は昭和五一年四月二七日福利厚生事業の一環として「経営者大型保険共済制度規約」を作成し、右保険の仲介等の事業を開始したこと、本件保険は個人保険の範ちゆうに属し、右会議所を介することなく締結しうる保険ではあるが、同会議所を介することによつて集団扱特約条項が適用され、第二回目以降の保険料の支払は同会議所が一括してこれをなし、一括払込の特典として保険料率が安くなること、他方同会議所は保険に関する諸々の手続を代行することにより被告から手数料を受取つていること、本件係争の保険契約締結当事者は原被告のみであること、右契約は定型的な保険契約約款に基づいて締結されたもので、前記規約について触れた条項はなく、従つて規約に基づいて約款の一部条項を変更したこともないこと、前記規約は豊川商工会議所の常議員会の議決のみで変更することができ、また他の商工会議所においても本件と類似の規約を作成しているが、その規定内容が区々であること。

(二)  ところで、原告が主張するように、豊川商工会議所の「経営者大型保険共済制度規約」が本件契約の内容を成すものであるとするならば、前記認定のように契約当事者ではない第三者機関即ち右会議所の内部的議決によつて、契約当事者の意思とは無関係に自由に契約内容を変更しうるという結論を導くことになつて甚だ不合理である。

前記認定事実を合理的に解釈するならば、本件規約は、豊川商工会議所が経営者大型保険共済制度事業を開始するに当つて、加入会員に保険制度の趣旨を啓蒙するとともに事業の円滑な運用を図るために設けた内部的処理基準と解される。

(三)  なお、本件規約一二条には「加入会員は、加入に際し保険金の受取人として加入事業所、又は加入者本人のいずれかを指定する。ただし、保険金の受取人を特に指定しない場合には、労働基準法施行規則第四二条ないし四五条に規定してある遺族補償を受ける順位とする」という条項がある。右条項は保険金受取人を指定する場合は加入事業所又は加入者本人のいずれかでなければならない旨を規定したかのように読めるが、本来保険金受取人を誰に指定するかは保険契約者の自由であり、保険契約約款も自由に指定しうることを前提として作成されていること、法人名で保険契約を締結した場合でも、被保険者個人の報酬の一部を保険料支払に充てていることがあることなどを勘案すると、保険金受取人の指定を限定列挙した効力規定と解するのは疑問であつて、むしろ原則を例示したものと解される。

2  請求原因5(三)について

<証拠>によると、本件保険金受取人の変更について原告会社の取締役会の承認がなかつたことが認められる。

ところで、右証拠によると、原告会社は資本金一〇〇万円で設立されているが、自道が死亡した現在誰が株主か全く不明であること、原告会社は自道の個人会社的色彩が強く、本件保険契約の締結は自道一人の判断でなされ、保険金の支払も自道が処理していたことなどが認められ、右事実に照らすと被告において原告会社の取締役会の承認の有無について調査しなかつたとしても重大な過失があるとは認められないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

三よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(竹中良治)

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